クールシップについて

直訳すると「冷却槽」ということになるが、ビールの醸造に関わっている人でないと、皆目見当もつかないと思う。(いや、業界の方でも知っている人は少ないのではないだろうか)

これは、一体何のための設備なのか?そして、何故、レア設備となってしまったのか?国内醸造所には何故ないのか?ということを紐解いていきたい。

役割としてのクールシップ

ビール醸造において、分かりやすく説明すると「麦汁をつくる」→「発酵させる」→「熟成させる」の3段階で作られる。この1段階から2段階へのプロセスにおいて冷却行程が入る。それを行うのがクールシップになる。

発酵前の冷却

発酵には必ず酵母の働きが必要となる。(酵母は、糖を食べて二酸化炭素とアルコールに変えていく)

そのため、仕込みで高温になっている麦汁(ビールの元となる汁)を冷やしてから、酵母を投入する(そうしないと、酵母が死滅するため)。放っておけば冷えるわけだが、そうすると時間がかかる。時間がかかると味わいに影響がでる。そこで早めに冷却するために表面積を大きくしよう、ということで作られたのが、このクールシップというわけである。

クールシップで得られるメリット

この冷却方法には、昔のビール職人の知恵が詰まっている。

メリットとしては、麦汁の濃縮(蒸発させることで麦汁は数%蒸発する)、濾過の簡略化(数千リットルの麦汁が深さ20-30cm程度の槽に広げられることで、ホップ滓やスパイスなどが沈殿し、上澄みだけを移動することで濾過が用意になる)、エアレーション(酸素に触れること)で後の酵母の活性に良い影響を与える。また、銅の成分が後のオフフレーバーを減らすことに強く影響している。それが味わいに影響していることは説明不要だろう。

なぜ、近代醸造において残らなかったのか?国内で見つけられないのか?

しかし、このクールシップを使用することはリスクを伴っている。それは、「汚染リスク」だ。発酵前の段階で、自然冷却という方法で10時間程度(季節によってはもっと長い)放置するので汚染リスクが非常に高い。そのため前後の掃除にはかなりの気をつかうことになる。1800年代後半に、空気に触れない「熱交換器」が作られたことにより、近代醸造においてこのクールシップは使用されなくなった。これは、ちょうど日本国内で本格的に醸造が始まった頃と重なる。当時、クールシップを使用していた醸造所があったかどうか不明だが、今使える状態で所有しているのはベアレン醸造所ぐらいだろう。

クールシップを使用することの意味

昔のビールのレシピは残された文献から調べることができる。しかし、現代の醸造設備での「味わいの再現性」はかなり難しい。何故ならば、当時の設備がどの程度ビールの味わいに影響を与えるのか?ということが解らないからだ。つまり、少なくとも昔のビールのレシピが作られた、その当時の醸造設備が「味わいの再現」には必要あり、今現在私達が言えるのは、「当時の仕込み設備においては、メリットも大きいがリスクを孕んでいる」ということだ。

一方で、「発酵、貯蔵管理」においてはどうだろう。実は別の意味で再現が難しい。この「発酵、貯蔵管理」においては、現在の設備の方が低温管理が遥かに優れているからだ。そのため、温度管理が難しかった当時の腐敗要素を再現することは、「味わいの再現」とは相容れない要素といえる。すなわち再現したとことで「目的の味わい」と異なる味わいが含まれるということになる。

過去と未来へのチャレンジ

当時のビール職人の「造った味わいを再現すること」と「狙った味わいを再現すること」は異なる。「造った味わいの再現」は、僅かな発酵汚染や熟成から腐敗に移行する段階も含まれている。

つまり、狙い通りビールができたかどうかは解らない。私の想像だが、おそらく確率的には低かったのでは無いだろうか。

しかし、現在においては高い確率で「狙い通りのビール」を再現できる。それは、日本国内においては100年前の設備を保有しているベアレンでしかできないチャレンジであり、非常に意味のあることだと思う。

すくなくとも、―月並みな表現だが―、ロマンはある。

2021年4月12日 高橋司

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